NPS塾長、横山英樹によるブログです。


昭和は遠くなりにけり 見世物小屋

 「親の因果が子に報い…」「お代は見てからで結構だよ。さあさあ入って入って…」という『タンカ』と呼ばれる呼び込みの声が今でも耳の奥に残っています。弟達は覚えていないので昭和40年代初めくらい迄ではなっかたかと記憶していますが、お祭りに行くとこの手の『見世物小屋』がありました。私が覚えているのは「蛇女」です。一度だけ父が嫌がる自分を強引に連れて入ったのですが、怖いもの見たさもあったのかもしれません。ただ水着姿の女性が大きな蛇を素手で掴んだり、身体に撒きつかせたりしているだけなのですが、子供心には強烈な印象でした。懐かしくもあり、奇妙な思い出です。 To be continued.

昭和は遠くなりにけり 公害

 中国やインドの大都市における大気汚染や水質汚濁に関するニュースに呆れる方も少なくないでしょうが、半世紀ほど前の日本は同様な公害で溢れていましたので、レベル的には一緒だったのです。私の両親が子供時代である戦前は海でも川でもきれいだったので泳ぐことができたそうですが、私の時代は海も川も水質汚濁がひどく、水が濁り悪臭を漂わせていました。泳げるどころではありません。そういえば一昨年から幕張の海に入ることができるようになりましたが、一旦汚染されると回復には相当の年月がかかるという証拠ですね。水俣病にイタイタイ病、四日市ぜんそくや光化学スモッグ、ヘドロ状態の海など毎日公害に関するニュースが流れていたような記憶があります。18世紀後半から20世紀初頭のイギリスや北アメリカの諸都市でも同様でしたから、歴史は繰り返すのですね。人間の進歩のなさに驚いてしまいます。平成生まれの人には公害があったことは知っていても、未体験ゾーンですから実感はないのでしょうね…。 To be conntinued.

昭和は遠くなりにけり 銭湯

 私が生まれた昭和34年は高度経済成長の前半期です。うろ覚えの記憶ですが、バラック(死語ですね)の家や未舗装の道路が多く、「巨人の星」(これも古すぎる…)で登場した長屋もかなりありました。風呂がある家は少なく、私も小学校4年生までは家に風呂がなかったので銭湯に行っていました。当時の銭湯は今のようなスーパー銭湯とは程遠いもので、夜に行くとお湯に垢が結構浮いていたものです。出入口から入ったところに番台があって、そこにはオジサンかおばあさんが座っていて、お客から入場料を受け取るシステムでした。たしか大人15円で子どもが7円くらいだったと記憶しています。脱衣所には東映や日活の映画ポスターが貼ってあり、高倉健さんの任侠姿は幼い私の目にも焼き付いています。また風呂上りに珈琲牛乳やフルーツ牛乳を飲むのが何よりの楽しみでした。貧しかったのでめったに買ってもらえませんでしたが…。今はほとんど見ることのない銭湯とその上にそびえた煙突の風景は『昭和』そのものでした。 To be continued.

昭和は遠くなりにけり 序章

 今月で平成は終わりです。私は『昭和』生まれですが、平成で生きた方が若干長くなってしまいました。でも「あなたの世代は?」と聞かれると『昭和』です。随分遠い昔になりましたが…。今回より自分にとっての『昭和』とはどのような存在だったのかを綴っていきます。しばらくお付き合いください。

 私が子供の頃は「明治は遠くなりにけり」とよく言われていました。おそらく小学低学年の頃だと思いますが、最後の江戸時代生まれ(慶応)の方が亡くなったというニュースを聞いた記憶があります。それから50余年。あと10年以内に最後の明治生まれの方が亡くなるというニュースが流れることでしょうね…。男性最高年齢で113歳の野中正造さんが今年の1/20にお亡くなりました。お生まれは明治38年です。明治は43年までですから…。そういえば103歳で亡くなった祖母も明治38年生まれでした。寂しいですが現実ですね。さて昭和34年生まれの私にとっての『昭和』とは…。To be continued.

少し遅い?球春

 昨日2019年のRC野球リーグが開幕しました。今年から勝浦RCが新たに加盟して10チームによる総当たり戦が10月まで行われ優勝を目指します。あいにく昨日は相手チームの都合により試合は延期となり、初めて開幕日に試合がないという経験をしました。日程では5/11が最初の試合になります。間が空いた感じですが投球練習をしっかり行って臨む予定です。今年になり下半身を中心に鍛えた結果、制球とスピードがアップしました。今年は2位に終わった前年の雪辱を果たします。

虫の季節なのに

 暖かくなると様々な虫があちこちから湧いてきます。この時期はコバエなど小さな虫が登場しますが、暖かかったり寒かったりという不順な天候のせいか、まだ少量しか登場していません。基本的には虫は好きではありませんが、季節の風物詩であることには間違いありませんから、今年も異常気象の前兆なのかと勘ぐってしまいます。

失言に懲りない人

 就任以来失言を繰り返し、そのことに全く反省せずについに事実上の更迭となった某大臣には正直呆れました。どうも国会議員クラスになると何を勘違いするのか、自分が偉いと思うのでしょうね。周りが「先生、先生」と持ち上げるのも問題でしょうが、あくまで国民を代表して報酬をもらって仕事をしていることを忘れないでいただきたいですね。我々と同じ一介の労働者に過ぎないはずです。『実るほど首を垂れる稲穂かな』を実践している人の本当に少ないこと。これでは政治が良くなるはずないか…。

春雨ならぬ氷雨

 昨日は春爛漫の時期に氷雨が降りましたが、毎年恒例行事であるRC花見ゴルフに参加しました。朝からずっと雨で吐く息は白く、真冬並みの寒さでした。日光では積雪もあったとやら。いやはやここ最近の5月中旬の気温はどこに行ったのやら。めまぐるしく変わる天候に体調を崩す人も少なくないのではないでしょうか。『春雨じゃ、濡れて行こう』とは決して言えない状況でしたが、ゴルフ場で寒さの中で散りかけている桜の花を見ながらのゴルフも、なかなか経験できるものではないとプラス思考に考える自分がいて、寒さの中にも若干ですが風流も感じた次第です。

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新紙幣登場か

 数年後にはなりますが、新紙幣の発行を政府関係者が明らかにしました。1万円札が渋沢栄一氏、5000円札が津田梅子氏、1000円札が北里柴三郎氏と様変わりするそうです。私の子供の頃は1万円札と5000円札は両方とも聖徳太子、1000円札が伊藤博文、500円札が岩倉具視、そして100円札が板垣退助でした。後の2種類は今は貨幣になっています。それぞれ何枚か大切に持っていますが、使わなければ貨幣価値はゼロですね…。でも勿体無くて?使うことはできないです。

ピカピカの1年生 でも…

 孫が小学校に入学しました。昔の唱歌の『ピカピカの1年生』です。つい何度も綴ってしまうのですが時が経つのは早いものですね。子供達が小学校に入学したと思ったら、あっという間に孫が入学です。この間20年以上経っているのですが信じられません。孫は子供達が通っていた同じ小学校に入学しました。娘に頼まれ仕方なく?入学式に出席しましたが、PTA会長を務めて以来16年ぶりの訪問でした。当時の子供達は皆22歳以上になっていますし、一緒に頑張った役員の皆さんは還暦近くになっています。時の流れといえばそれまでですが、久しぶりに校舎に入って郷愁感を覚えずにはいられませんでした。孫の入学式より自分の思い出の方が強かったのは皮肉ですね…。