夏休みの思い出として、セミの鳴き声があります。夏休みの中で、セミの鳴き声が変化してくるのを意識したことがありますか?8月中旬くらいまでは、「ミーン、ミーン」とおなじみの声で鳴いています。ただ8月中旬すぎると、「ツクツクツク」(?)と鳴き声が変わるのです。その声を聞くと、夏休みが終わってしまうと、焦ったことを覚えています。 押尾
 夏休みで私が困ったことの2つ目として、プールがあります。私は浮くことが怖く、泳ぐことが出来ません。プールが嫌なので、夏はあまり好きではありませんでした。小学校・中学校とも仕方がないので、お風呂のように浸かっている時間が長かったことを覚えています。今では懐かしい思い出です。 押尾
 私にとって、夏休みは楽しい事ばかりではありませんでした。困ったことの一つとして、夏休みの自由研究です。理科があまり好きではなかったため、何を題材にしたら良いか毎年悩みました。実験が好きでないため、植物の葉や根を集めて、観察して種類を分けたりしていました。中学校になったときに、自由研究の宿題がなくなり、ほっとしたことを覚えています。 押尾
 軍歌を口ずさんだ世代の方々は80歳以上が中心です。軍歌が大好きだった父も叔父も昭和初期の生まれです。その方たちは90歳近くになります。出征された方は100歳近くになります。戦争賛美をするつもりは毛頭ありませんが、従軍された方たちの想いを歌詞に描いた軍歌も多く、日本のために命をかけて戦った先人達が口ずさんだ『軍歌』を絶やすことはできないと感じています。
 この時期は毎年太平洋戦争に関する報道やドラマなどが流れますが、個人的には父や叔父たちがよく聞いていた『軍歌』が思い浮かびます。私もその影響を受けたので、レコードなどで聞き多くの軍歌を知っています。一番好きな歌が「同期の桜」です。次が「麦と兵隊」。他にも「加藤隼戦闘隊」「戦友」「露営の歌」などは歌詞もメロデイーもそらで浮かんでくるほどです。私の世代は戦後10数年経過しているので、『軍歌』が好きというと珍しいと思います。今はYouTubeで聞くこともできますね。
 前回、夏休みの思い出として七夕祭りをあげました。さて、七夕祭りで楽しみにしていたのが、屋台の食べ物です。決まって、チョコバナナやかき氷、からあげ、じゃがバタは食べていました。私の子供の頃は、チョコバナナのチョコレートは茶色でした。今、お祭りでは、チョコレートの色がピンク色や水色など様々で驚きました。コロナの流行がおさまったら、また七夕まつりに行きたいと思います。 押尾
 この仕事をしていますと、夏休み=一番忙しい時期になります。ただ生徒達を見ると、子供の頃の夏休みを思い出します。 夏休みの思い出で、まず思い出されるのが、七夕祭りです。そのときは、短冊等の飾りが見事です。仕事をはじめてからは、行けなくなりましたが、その飾りを見ると夏を感じています。 押尾
 感染拡大でジムが3か月近く閉鎖。また『三蜜』を避ける意味で、マシーンの使用を制限したり、感染予防のためのマスク着用での運動を強いられたり、使用後に毎回消毒を施したりする必要があり、億劫でジムへの足が遠のいています。特にマスク着用での運動は苦しくて嫌になってしまいます。このため1週間に1度の頻度に下がり、また大汗をかくほど自分を追い込めません。故に運動不足気味で、筋力低下とともに贅肉がついてきて最悪です。ボクシングもマスク着用で、スパーリングもミット打ちも苦しすぎてできません。マスク未着用の運動は公園での投球練習くらいです。仕方のないことですが、早くマスクを着けずに、思いっきり運動したい!!! です…。
 長い梅雨が明け、『暑い!』夏の到来です。ギラギラした太陽は大好きですが、最近悩むことがあります。昔は炎天下でもゴルフを楽しめましたが、今はさすがにやりたくありません。今年はコロナ禍により半年以上ご無沙汰ですが、昨年より誘われても遠慮するようになりました。また冷房にはめっきり弱くなり、温度調節は不可欠ですし、冷房を消す時もままあります。車内でも家庭内でも同様です。サウナで大汗をかいて冷房に当たる時は快適なのですが、数分後寒くて冷房を消す自分がいます。悲しいですがこれも加齢の一つなのでしょうね…。
 8月8日は何の日の続編です。面白い物をあげると、、、 ④ちょうちょうの日 「8」を横にした形がちょうに似ているからだそうです。 ⑤パチンコ供養の日 ぱちぱちと玉をはじくからつけられています。 ⑥葉っぱの日 「葉(8)っぱ(8)」のゴロあわせからです。 ゴロあわせからさまざまな記念日が考えられているようですね。 中には ⑦デブの日 「8」の字がふくよかなイメージから制定されました。 合計で20個以上ありました。皆さんも自分の誕生日を調べてみてください。 押尾

さらに表示する