NPS塾長、横山英樹によるブログです。


不眠

 寝苦しいわけでもないのに最近夜半に目覚めると、まだ眠いのにもかかわらず、そこから再び寝ることがなかなかできません。アルコールのせいか寝つきは良いのですが、大体3時間で目が覚めます。いつも1時ころに床に入るので4時過ぎに目覚めることが多く、そこから最低1時間以上眠れません。たまに11時頃に寝ると2時過ぎに目覚めてしまいます。あまりに眠れないので、5時には起きて新聞や経済誌を読むこともしばしばです。そうなると睡眠不足となり昼間に欠伸が頻繁に出て、頭がすっきりしません。眠ることができずに床にいると色々なことが脳裏をかすめ、なおさら頭が冴えてしまいます。ただ不思議なことに、眠れずに床にいる時間は昼間よりもかなり早く 感じます。ゴロゴロしていると1時間がとても早く経過していきます。

 ところで昨夜は11時に寝たら2時に目が覚め、そこから4時まで眠れなかったので起きてブログを書いています。あー、頭に来る。

 

慰霊の日

 昨日は慰霊の日で沖縄全戦没者追悼式が行われました。戦没者の方々に心より哀悼の意を捧げます。さて先の戦争では沖縄だけではなくサイパン島、アッツ島、ガタルカナル島といった激戦地でも多くの日本人が亡くなりました。東京大空襲や原爆でも多くの犠牲者を出しました。満州やシベリア抑留で亡くなった方も大勢います。戦争は人の歴史でもあり、致し方のないことかもしれませんが、いつになってもなくなりません。このブログを書いている今でも少なからぬ国で戦闘は継続され多くの方が亡くなり続けています。自爆テロも後を絶ちません。戦争は善とまでは考えなくても必要悪だと認めている人がいる限り、決してなくならないのでしょうね。悲しいですし、至極残念です。

 子供の頃は人と比べることを知らなかったので、人より汗かきかどうかは覚えていませんが、大人になり特に筋トレを始めた40代以降は明らかに人よりも汗をかくことに気がつきました。運動を始めると20分ほどで上半身は汗まみれ、汗が顔に垂れてきます。ボクシングや野球などといった激しい運動をすると、それこそ猛烈に汗が出てきて拭いても拭いても目に汗が入るほど流れてきます。サウナに入ると最初の5分で汗が滴り落ち、下がビショビショになります。以前銭湯のサウナでまだ5分位しか入っていないのに、大汗をかいている自分を見た人が 「 いい汗かいていますね。20分近く入っているのですか?」と聞かれたほどです。汗をかくこと自体嫌いではないですし、運動後は爽快感すら感じるので問題ないのですが、目に汗が入るのでそれを拭ったり、汗をいちいち拭くのものが面倒に感じるほど大量の汗が出てくるのには少々辟易しています。まあ健康のため、また若さを保つため運動しているのですから、汗くらい仕方のないことですが……。でもウザイ気も……。

 昨日は久しぶりの雨でした。強風で大変でしたが農作物には恵みの雨ではなかったでしょうか。さて以前にも綴ったように私は濡れるのが大嫌いのため、雨自体は好きではありません。濡れても構わない格好で土砂降りの中を思いっきり走り回ったり、石鹸やシャンプーを持って素っ裸でスコールの中で身体を洗ってみたいという変な願望はありますが、スーツなどが雨で濡れたり、車の中が傘の滴で濡れると仕方のないことだと分かっていてもイライラしてしまいます。雨中でゴルフをせざる得ない時もありますが、本当に嫌々やっているためいつもスコアは悪いです。まあ自然の摂理に反発しても詮無きことなのに。「わかっちゃいるけどやめられない」 ふと植木等のフレーズを思い出しました。古い……。古すぎる……。

将棋

 子供の頃は親父や友達とよく将棋をしました。子供の頃は今と違って遊び道具が少ないため、トランプや花札とともに手軽なゲーム感覚で遊んでいました。ただ勝負事には違いないので負けると悔しいため、図書館から本を借りていろいろな戦法を研究したものです。自分の戦法はもっぱら『棒銀』ですが、昨日竜王戦で敗れ63年の現役生活にピリオドを打つことになった加藤一二三九段の得意手でもあります。14歳の藤井聡太プロの連勝記録で話題となっている将棋界ですが、同じく14歳でプロとなり『神武以来の天才』と呼ばれた加藤氏のような人は二度と輩出されないことでしょう。この知らせを聞いたとき、16年も前に亡くなった往年の演歌歌手村田英雄の大ヒット曲、『王将』の歌い出しである「吹けば飛ぶような将棋の駒に賭けた命と笑わば笑え」を思い出しました。引退は決まりましたが「私は命ある限り将棋の棋士だ」という加藤氏の矜持は、今後の将棋界の発展にまだまだ寄与していくであろうと心より信じています。

歌詞 その1 唱歌

 子どもの頃に何気無く歌っていた唱歌ですが、当時は詳しい意味をわからずに歌っていたものも少なくないように思えます。また歌詞を全く勘違いしていたものもあり、今思い出すと笑ってしまいます。野口雨情作詞の『赤い靴』の一節に「異人さんに連れられて行っちゃった」を当時小学生低学年であった私は「いいジイさん」に連れられたと勘違いし、幸福な話だと思っていました。『異人』という言葉を小学校低学年の子どもが知っているはずも無いのですが、大人になって真実を知ったときはかなりのショックでしたし、意味が真逆でしたので赤面したものです。昔の唱歌には作者の込めた想いが深いものが少なくないように感じています。車中で聴いていたラジオからこの曲がたまたま流れていたので綴ってみました。

バナナ

 バナナは私の子供の頃はめったに口にすることのできない高価な食べ物でした。当時運動会の時はどの家庭も一家総出で食事をするので毎年親が用意してくれました。バナナを美味しそうに食べている写真も残っており、『運動会とバナナ』は切っても切れない記憶となっています。やがて輸入解禁で、いつでも食べられる安価な大衆食品となり、おやつに毎日のようにバナナが登場するようになりました。最初はうれしかったのですが、本当に毎日バナナとなり食べ飽きているのに、母は食べないで痛んで黒くなっているバナナを、捨てるのが勿体ないからなのでしょう。私たち兄弟に無理やり食べさせたました。そのため見るのもいやなほど嫌いになり、しばらく口にすることはありませんでした。大人になってからもこのトラウマ的な思いから、食べることは少なかったのですが、もともと消化が良くて高カロリー。しかも時間がないときの非常食としては最適のため、最近は食事をとる時間がないときにバナナを食する機会が多くなりました。安価は昔と変わらずその点は優良食品です。お腹にもたまるので空腹感が和らぎ、4,5時間はもちます。食事の代わりでは健康に良くはないでしょうが、最近のブームの一つになってます。

疲労

 GW明けよりほほ毎日12時間以上働いているせいか、自分が感じていた以上に疲労があるようです。というのは今日は珍しく何も予定のないオフだったので、久しぶりに筋トレやゴルフの練習をして、仕上げにサウナに行こうと思っていました。ところが朝から身体がだるいうえに眠気が取れず、数分おきに欠伸が出て止まらない状態が昼過ぎまで続きました。疲れが取れていないことに気づき、筋トレ等は中止して静養することに決めました。休みに活動しないことなんてまずない人なのですが、明日の早朝から来月15日まで仕事が続くので、自重せざるえませんでした。ゆっくりできたのは良かったのですが、疲労は歳のせいもあると妻から言われ、認めたくありませんが反論できない自分がいました。そういえば今日は父の日です。娘から言われて気づきましたが、敬老の日の方が似つかわしい年になっていることに嘆息です。

キーハンター

 昨夜女優の野際陽子さんがお亡くなりになったというニュースが入り、非常に残念な思いをしています。81歳になっても衰えぬ美貌には驚くばかりでしたが、何と言っても私や団塊の世代にとっては「キーハンター」がまず頭に浮かびます。土曜9時からの放送で1968年より5年続いたそうです。当時小学生であったため夜更かしは許されず、めったに見る機会はなかったのですが、のちに夫となった千葉真一の格好良さとボス役だった丹波哲郎の渋さに、スタイル抜群の野際陽子さんの美貌が相まって、ブラウン管にくぎ付けとなるほど胸躍ったものです。8時にはドリフターズの『全員集合』が同局で放映され、中学生になっても2時間続けてテレビを見ていると両親に怒られたことが思い出されます。あれから45年以上も経ち、番組出演者もかなり鬼籍に入られ、今回は野際さんがと思うと、時の流れと同時に自分の老いを意識せずにはいられません。心よりご冥福をお祈りいたします。合掌……

些事であっっても

   朝起きたら家族に挨拶をする。職場や学校でも積極的に挨拶をする。脱いだ靴をそろえる。手を洗った際に洗面所や蛇口等に撥ねた水をふき取る。落ちているゴミを拾う。脱いだ衣服をたたむなどなど。本当に些事ですが皆さんは実践していますか?挨拶はしても後半に書いたことを実践している人は決して多くありません。すべて当たり前のことで、実践するのは何ら難しいことではないのですが、日頃から気にとめていないと気づかないため実践できないものです。お恥ずかしい話ですが、私がこれらのことを習慣として実践できるようになったのは40歳半ば過ぎでした。様々な方とのお付き合いや倫理法人会での勉強などを通してやっと身についた次第ですから、偉そうに言う資格はありませんが、若い方々にはぜひ実践していただきたいものです。自分自身を振り返ってみても、些事であっても徹底できるようになったことで、日頃の仕事の精度も大きく上がり、能力も相当アップしたと感じています。些事を徹底できない人に大きな仕事が出来るはずもないのは至極当たり前のことと思いますが、いかがでしょう。

朝みかん

  最近マイブームとなっているのが 『朝みかん』 です。果物は大好きなのですが、切ったり皮をむくのが面倒で自ら進んで食べることは少ないのが実情でした。 特にみかんは皮をむいて周りについているものを取り除くのが億劫に感じ、食べたい気持ちより面倒くささの方が強いため敬遠しておりました。缶詰の存在は知っていたのですが、昔の甘すぎる印象が残っていて手を出さずにいました。それがたまたま妻から勧められ食してみると、以前のような甘味料は除かれ適度な甘さがあり一口で気に入りました。しかも低カロリー、オリゴ酸入りとあり健康にもよさそうです。以来朝食の際や早朝出かける前の軽食に食する機会が多くなっています。 私は偏食家ではないですし、食べられないものもほとんどないのですが、好きではないものは消極的となり、その結果食のレパートリーが少なくなっている傾向があります。  ゆえに今回のブームで食のレパートリーが一つ増えたことに個人的には満足しています。 たかがみかんで大げさな話ですが。

孫 その2

 今日は朝9時から孫を3時間ほど預かりました。良く言えば活発、悪く言えば落ち着きがありません。注意して見ていないとどこへ行くかわからない、そんな子供です。娘や息子とは全く違うので手がかかります。以前綴ったように私には叱られることが多いため、私の顔色をうかがっている節もあります(どこまでやると叱られるのかを見定めています)。それはどの子供に共通することですので気にはなりませんが、たまにはおとなしくして本でも読んでいてほしいと感じます。母親である娘もかなり扱いに苦慮しているようで、叱りたくないのに叱らざるを得ない状況は辛いそうです。来る夏休みは一日中一緒にいると考えるだけで地獄だというほどですから、結構深刻なのでしょう。まあ子供は手のかかるものですから仕方のないことです。そうして親の苦労を知り人間的に成長することにもつながるのですから。かくいう私も同様でしたので今後の二人がどのように成長していくかが楽しみです。

喜働

 勉強が好きな人と問うと手を挙げる人はほとんどいませんが、働くのが好きな人と問うと手を挙げる人はそれなりにいると感じています。私は働くことが大好きです。私が所属している倫理法人会の方々に問うと、おそらくセミナー参加者は半分以上、役員をしている方ではほとんどの方が手を上げることでしょう。『喜働』とは働く喜びを表す言葉で、倫理法人会の創始者丸山敏雄氏の造語です。倫理法人会はほぼ経営者の集まりですから、一般社員の方々と仕事に関する考え方や視点は異なり、このことを一般論につなげることはできませんが、世の中には働くことに生きがいを持ち、楽しんで仕事をしている人は少なくないはずです。仕事も勉強と同様に苦しく辛いこともありますが、その困難に打ち勝つことで心豊かな人生につながると信じています。最近は朝8時前には家を出て帰宅が10時半を回ることが多く、妻から過労を心配されています。しかし身体は多少疲れてはいますが、精神的には日々が楽しくあっと言う間に時が過ぎていきます。ただ体調は全く問題ないのですが、行かなければならない筋トレやボクシングに通う時間を捻出できないのが悩みの種です。先月は2回しか行けませんでした。野球の投球練習であれば早朝に起きればできますが、毎朝5時に目は覚めても練習後の仕事と最近の体力面を考えると躊躇しています。「弱い奴だ」と責める自分と「体が持たない」と弱気なことを言う自分が葛藤しています。一週間が8日あればなあ……。

梅雨入り

 昨日関東も梅雨入りしましたが、今日は晴れ間が広がり清々しい一日です。毎年梅雨時は高い湿気のため食べ物が痛みやすくなったり、古傷が痛んだりするなどあまり良い話とならない時期でもあります。実際梅雨は嫌いな人が少なくないかもしれません。雨は天からの恵みでもありますから嫌ってはいけないのでしょうが、私も雨が好きではありません。衣服が濡れるのが嫌なことと外に出るのが億劫になってしまうからです。特に梅雨は私の故郷である北海道にはない現象ですから、大学生で初めて梅雨を経験した際には、高湿度のため動いていないのに汗が出ることにとても驚きました。また活発な活動をする時期にもあたるゴキブリに初めて遭遇し、華麗すぎるフットワークに腰を抜かしそうになりました。当時はクーラーのある家はそう多くなかったため、夜の寝苦しさに苦しむ日々が続き、寝不足と暑さのため一刻も早く北海道に戻りたいと真剣に考え、帰郷日を指折り数えたくらいです。今は身体も暑さに慣れ、クーラーのないところなどありませんから、寝苦しいことも湿度に悩まされることもありません。逆にクーラーに当たると寒くて不快感を感じるようになり、便利な世の中になったと感心するとともに、あれから随分歳をとったと感嘆する自分がいます。

中間テスト

 高校生の中間テストが終わり、その結果が出て一喜一憂する暇もなく中学生のテストが始まります。昔とは異なり前期後期制をとる市町村や学校と以前通りの三学期制をとるところがあるので、試験日も異なることになり、おかげで?今週は○○で来週は☓☓で、再来週は△△で試験が行われることになり、試験週間がしばらく続くこともあります。この期間は生徒対応に追われがちとなり、目の前の仕事優先となります。その結果、他の様々な業務がおろそかになり、全体業務に支障を出す教師が少なくありません。試験を受ける生徒に「試験が始まる時期は分かっているのだから計画的に勉強するんだ」と指導している私達ですが、「勉強」を『仕事』に置き換えるだけで、私達にも当てはまる言葉となります。使っている当人はおそらく気づいていないでしょうが。「他人には厳しく、自分には甘い」では教師としては失格です。我々は生徒にとって『先に生きている』尊敬に値する存在なのですから、「他人には厳しく、自分にはもっと厳しく』 私は常にそう思って日々精進しています。

練習不足

 一昨日はRCの野球の試合がありました。仕事にかまけて練習をほとんどしていなかったツケが出てしまいました。狭い球場のためホームランが出やすい球場でしたから、細心の注意が必要ということはわかってました。加えて1回表の攻撃でこちらが早速ホームランで3点先制したため、なおさら慎重に投げねばならないという気持ちになっていました。それにもかかわらず、その裏簡単に一死を取った後、二番バッターに直球をホームランされてしまいました。そこで余計慎重になりカーブを低めに集めることばかりに頭がいってしまい、コントロールもままならず、また同じ球ばかり投げたことで痛打を浴びせっかくの先制を生かすことができずに引き分けとなってしまいました。日頃の練習不足を反省しましたが、今日も筋肉痛が半端なく、全身痛くて困っているのも「もっと練習しなさい」という天からの啓示でしょうかね。少し大げさかな?

 先日妻が千葉の魚屋で薦められた鰯の開きを食べました。魚の開きは好物ですが鰯の開きは初めてでした。鰯は丸干しなら何度か食べてますが、小骨が多い印象があります。開きでは小骨処理が施してありとても食べやすいものでした。色つやも味も鰯とは思えぬもので食が進みました。値段を聞いたら一匹250円とのこと。手間暇をかけているからなのでしょう。通常の2倍以上の値段です。しかし他の魚と比べてみても、この味でしたらお手頃価格だと思いました。私が食したときの第一声は「うーん、うまいよこれ」でしたので、是非他の人にもお勧めしたいと思い綴らせていただきました。あまり好意的に紹介すると『鰯の頭も信心から』ではないのかと思われそうですが……。そんなことはありません。

孫 その1

 私には7月で5歳になる男の孫が一人います。世間では初孫は可愛くて仕方ないと言いますが、私にはあまり当てはまりません。可愛いですが、他の方とは違うようです。写真は一枚も持っていませんから、多くの方がやっている待ち受け画面にはなってません(待ち受け画面を作ったことすらないので)。誕生日以外に物を買い与えたことはありません。小遣いもお金の価値がわかるまでは与えません。無論お年玉もあげてません。男なので安易に泣くと怒ります。一度口答えをしたときは痛いゲンコツを浴びせました。しばらく大泣きでしたが。妻は泣かれると可哀想になるようですが、怒られて泣いても可哀想とは露ほど感じません。甘え泣きなどは完全無視です。こう綴ると冷酷のようですが、私にとっては躾の一環なので当然の処置なのです。でも孫は私からの愛情を感じているのでしょう。怒られても泣かされても傍に寄ってきます。まあこれからどのように育っていくのやら。

家族

 雨も上がり朝から好天気で気温も上昇。8時半からの町内会草取りに参加。ひと汗かきました。3週間ぶりの休日でしたが、母の日に行く予定も会議等のため行けなかった母のところへお見舞。朝方夢に亡き父が久しぶりに登場したので、墓に寄ってこれから母のところに行く旨を告げ、焼香してから行きました。娘と孫も一緒の小旅行で、ずーとしゃべっている孫の喧騒に苛まれながら運転を続けること約2時間、やっと浦和の施設に到着。元気そうな母を見て一安心しました。外出許可をもらいファミレスで家族揃っての食事を楽しみました。前回の見舞いはは昨年の11月。その際には東京に住んでいる息子も電車で駆けつけてくれたので4世代7人での大所帯でした。今回は6人ですが、前回同様賑やかに「家族団欒」と親孝行をして夕方成田に戻ってきました。別れ間際にいつも泣かれるのが嫌ですが母も寂しいのでしょうね。また来る約束をして別れました。

 さて今日は娘の誕生日でもあったので、夕食はお祝いを兼ねたため、久しぶりに長く一緒にいた一日となりました。日頃は妻と二人きりの家族で、仕事に忙殺され母たち家族のことを忘れがちです。独立している子供たちを想うことも稀になってます。近居の娘や孫と話したのも久しぶりでした。身体を休める休日とはなりませんでしたが、『家族』の存在を改めて感じた一日でした。

忖度

 森川学園問題や安倍首相の発言などでこの言葉が少々流行っていますが、「他人の心を推し量る」という意味ですね。あまり一般的に使われる言葉ではないですが、さまざまな人付き合いにおいて自分ことは「口に出して言わなくても理解してくれるだろう」とか「それくらいわかってくれよ、気づいてくれよ」ということは少なくないのではないでしょうか。特に我々日本人は直接的な発言を控える傾向があるので、誘いを断るときでもはっきり「NO」とは言わず、「体調がすぐれないので」、「予定が入っているかもしれないので」など婉曲的な言い方をすることがままあります。日本人の間ではよいのですが、欧米社会でこのような発言をしても「NO」と言わない限り「YES」と取られる可能性があります。つまり『忖度』してくれないのです。しかしあくまで他人のことを「推し量る」のですから、常に正しいわけではありませんので、ここに掛け違いが生じる恐れがあります。些細なことならそう心配ないですが、事と次第によっては大きな問題にもなりかねませんので、日頃から発言には留意する必要があるなあと感じました。いくら『忖度』してほしい場合であっても……。

多古米

 多古米はいまや千葉県のブランド米として、県内で人気のお米です。適度な粘り気があり、味も申し分無いので私もファンの1人です。その多古米をふんだんに食べさせてくれる食堂が三里塚の大清水にあります。当社の三里塚校舎のすぐ近くです。10年ほど前に紹介されたのですが、昼時はお客さんでいっぱいで合い席で食べていました。いまどき合い席など珍しいかぎりですが、それくらい混雑しています。人気の秘密は多古米で、通常のご飯はどんぶり飯です。小盛りと言わなければどんぶりに並々とご飯が入ってきます。健啖家で無いと食べきれないかもしれません。そのようなことを知らなかった私は、当時まだ40歳台でお腹が空いていたこともあり、大盛りで注文したところどんぶりにご飯が山のようになって出されてきました。食べても食べてもその山はなかなか減らず満腹になってもどんぶりに半分以上余っていました。、一緒に連れて行った社員の手前残すわけにもいかないので、何とか食べきりましたが、本当にびっくりの量を出す店です。故に大食漢の方がこの店に通ってきます。空港の機動隊の方などは常連さんだそうです。またおかずの味付けは少々濃いですが、これがご飯にあい食が進み大変おいしいです。実は今日久しぶりにこの店に行きました。相変わらず混んでいましたが変わらぬ味とご飯の量にほ懐かしさと時の流れを感じました。

頑固と頑な

 先日15年以上お付き合いいただいている17歳年上の社長さんとお酒を飲みました。宴の後に妻の迎えの車で家までお送り差し上げた際の車中にて、妻に「奥さん、この旦那は頑固で大変でしょう」とおっしゃっいました。「えー、頑固ですか?」と問うと「そりゃあ頑固でしょう、頑固も頑固」と返ってきました。自分は『頑固』との認識はなかったですし、あまり周りからそのような言葉をもらったことがなかったので、少し自分について考えました。すると自分は『頑な』だが『頑固』ではないと心にすぐ浮かんだのです。しかし『頑な』と『頑固』は同義語であることに気づき思わず苦笑してしまいました。私は一度決めたことは余程のことがないかぎりは実行します。中途半端が大嫌いなので頑として貫くといっても過言ではありません。かつては自らプログラム計画を作って行った社員研修は毎週3年間やりました。倫理法人会の下総地区長を拝命したときは、7単会のモーニングセミナーに毎月1回出席すると宣言して2年間行きました。その時はひと月に20回以上朝の4時に起きました。筋トレはもう20年目に入ります。ボクシングは4年目です。このブログも1年半近くになります。おそらく様々な場所で同様な言動をとっているから、件の社長さんの言葉となったのだと思います。故に私は『頑固』なのでしょうね。でも『頑な』と言ってほしいという自分がいます。どちらでも同じなのに……。

五十肩

 加齢とともに筋肉なども老化していきます。個人差はありますが、40歳近くなると四十肩、50歳近くなると五十肩を病む人が少なくありません。これは筋肉をあまり使わないことから老化とともに筋肉自体が衰えて少なくなり、その結果骨と骨をつなぐ部分が薄くなって痛みを発症し、腕が肩以上あがらなくなってしまいます。ただ何をしなくても短い人で1年ほど、長い人で2,3年で症状は緩和しますが、当人にとっては大変なことでしょう。幸いなことに私は38歳で筋トレを始めたせいもあり、肩周りの筋肉(僧帽筋といいます)がかなりあるため、いずれも発症していません。腰痛や膝痛にも全く縁がありません。でも最近左肩に違和感を感じるときがあります。その時はすぐに筋トレに行き、僧帽筋を鍛えると違和感が消えます。おそらく筋肉からの信号なのでしょうね。歳をとるにつれ運動をさぼるとなかなか元に戻せません。仕事に忙殺されると疲れもあって本当に運動に行きたくなくなります。でも後が大変なので、自分に負けぬよう気力を振り絞ってジムに行ってまいす。今日は本来なら授業のない唯一の日ですので毎週ジムに行っていますが、高校生のテスト対策のため午前中から夕方までずっと授業があり、また夜は会合があるため運動はお休みです。まずい! 非常にまずい!!

シルバー民主主義

 拡大一途の少子高齢化社会に比例して年金、医療、介護といった社会保障費の増大に対する財源をどうするのか待ったなしの状態となっていますが、一向に議論が進まない状況に正直言ってまたかと落胆しています。また社会保障費の相当部分が高齢者向けに使われ、少子化対策ははるかに少ない現状をどう考えているのでしょうか。これからの日本は子供たちが支えていくにもかかわらずです。『シルバー民主主義』と言われる所以です。最近やっと小泉進二郎衆議院議員らが中心となって『こども保険』構想を出していますが、これに対しても多くの反対意見が出ています。賛否両論は世の常ですが、子供のいない人や子育てが終わった人は給付がないのだから、負担を求めるのは不公平だという亡国的理論には呆れてしまいました。社会保障とは皆で国を支えていくのだということが根本的な発想のはずです。高齢者に手厚すぎる社会保障の構造こそ不公平極まりないと考えます。自分も近い将来高齢者の仲間入りをします。しかし失礼な言い方で申し訳ありませんが、老い先短い高齢者よりも最低でも『若者≧高齢者』の構造にしないとこの国は立ち行かなくなるのではという懸念が大いにあります。戦争末期わが国は亡国の危機に際して「疎開」を行い、将来の日本を支える子供たちを最優先とする施策を取りました。もし都市に残っていたら空襲で多くの子供たちも犠牲になり、戦後の復興や高度成長に大きな支障が出たかもしれません。もうこのような当たり前の発想を期待することはできないのでしょうか。遅々として進まぬ子育て支援、待機児童、高い利子の奨学金などは、財源がないとする論理に屈しているように思えます。高齢者に対する財源はあっても若者に対する財源はない。これでは若者に冷たい国と言われても仕方ないでょう。『シルバー民主主義』には憤懣やるかたなく感じています。

計画性

 当社の仕事は教育業界ですから、生徒達に「しっかりと計画を立てて試験に臨みなさい」と指導する機会が多いです。またご父兄の方々がわが子に抱く不満に「うちの子は本当に計画性がなくて困る」があります。私も若い頃は生徒達に上述のように指導していましたし、ご父兄の悩みに対しては同調して「わかりました、お子様にしっかり指導致します」と答え、生徒達に「ちゃんと計画を立てて、しっかりと勉強しなさい」と言っていました。今から振り返ると本当に『上から目線』の指導です。しかし今は少し違います。計画性の重要性は指導しますが、このように話すことはありません。よく考えれば誰にでもわかることですが、我々大人でも計画的に仕事をこなせる人は非常に少ないのが現実です。いわんや子どもが計画的に勉強を進められたらびっくりものです。当社にしても計画的に仕事をこなしているスタッフはそういませんし、ご父兄にしても同様でしょう。また子供達はそれに大なり小なり気づいているので、大人が『上から目線』で指導しても素直に聞くわけがありません。最近はまず計画性の難しさを説きます。そして大人でも実行するには相当な気力と能力が必要であることも話します。その上で計画の立て方や効率的な進め方を指導していきます。加えて計画遂行率をあまり高く設定しないようにしています。このように大人が自分でも難しいとはっきりと認めると、子どもは自分の目線まで降りてくれた大人の言うことに耳を傾けてくれるのです。子どもはまだまだ純粋なので指導のし甲斐があります。でも大人は頭が固くなって非常に指導が難しいなあ……。

ついている、ついていない

 皆さんは自分を振り返ってついているほうだと思いますか、それともついていないほうだと思いますか?私は前者だと思ってます。人間万事「塞翁が馬」だと思っていますし、何事もなるべくプラス思考にとらえる癖がついているからかもしれません。でも後者と考える人の方が圧倒的に多いように感じています。でも私にはそのような人は思考回路や行動を、自らついていない方向に向けているように見えてなりません。例えば何事も他人や時勢のせいにする(自分のせいだとは決して思わない)、自分は努力している・頑張っていると思い込む(これは自分ではなく他人が判断することのはずです)、何度同じ失敗しても行動を変えない・自分を変えない(自分の行動を見直す勇気がないのか、頑なに変えないです)、他とはできるだけ協調しない・他に関心を待たない(自分には関心を持ってもらいたいと思っているのにもかかわらず)、そしていつも不満を抱えています。これでは運を自ら手放しているようなものです。後者の方は思い当たる節があるはずです。行動や考え方を今一つ見直してみてはいかがでしょうか。

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微力ではあるが無力ではない

  この題名はテラ・ルネッサンス創設者の鬼丸氏の講演で語る言葉の一つです。この言葉を7年ほど前に聞いたときまさにその通りだと共感しました。しかし世の中には始める前から「どうせ無理だから」とすぐに諦めてしまう人が本当に多いと感じています。努力をする前に無駄だと勝手に判断して、その努力すら惜しむのはどうなのでしょう。それぞれの経験からそう感じているのかもしれませんが、本当に『努力』をしたのでしょうか。私の師の一人である稲森和夫氏は経営者は「誰にも負けない努力」をしなければだめだと言います。そこまでいかなくとも努力を無力に等しいと考えることには反対です。小さな努力を積み重ねるからこそ大きな結果に繋がるのであって、小さな努力、一つ一つが微力であったとしても、それは決して無力ではありません。微力が積み重なって大きな力となるのです。微力を無力と勘違いせずに小さな努力を黙々と積み重ねていくことが肝要だと考えます。今日3か月ぶりに鬼丸氏と会議で再会して、題名に挙げた言葉を思い出して綴らせてもらいました。

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母の日

 明後日は母の日です。昨日メッセージを添えた花の手配をしてきましたので、当日に配達されるでしょう。母は現在埼玉県浦和の施設に入っているため、なかなか顔を見に行くこともできない状態です。15年ほど前に父の7周忌を機に実家を売却して成田に来てもらい、近くのマンションに住んでもらいました。7年ほど前に高齢になったこともあって心配なので同居することにしました。しかし何が不服だったのか、3年前に埼玉の弟のそばのマンションに引っ越して行きました。そしてその後弟と同居したのですが腰の疲労骨折や骨粗鬆症なども発症して、歩行や日常の生活にも支障が出たため、一年前より施設に入ることになってしまいました。今では成田に帰りたいと会うたびに言います。私は構わないのですが、短くとも面倒を見てもらった弟のメンツもあり、また弟はそのような身勝手は許さないと言うため、母は現状で我慢をしているようです。晩年に寂しい思いをさせていることに申し訳ないという気持ちもありますが、自宅に引き取るとなると妻に多大な負担が生じますので、弟を制してまで母の面倒を見るとは言えない自分がいます。28日には施設に行く予定なので少しでも長くいて、母の話を聞いてあげるつもりです。

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韓国大統領選挙

 朴大統領罷免で実施が早まった大統領選挙で革新派の文氏が当選しました。慰安婦問題、北朝鮮政策がどう展開していくのか注目されますが、過去の大統領を振り返ると、ほぼ汚職で摘発され、収監されたり自殺まで追い込まれるなど悲惨な結末をたどった方もいます。なぜ同様なことが繰り返されるのでしょうか。私には理解不能な面が少なくない国です。失礼ながら大統領選は直接選挙です。であれば、そのような人を毎回選出している国民には問題はないのでしょうか。汚職に対する怒りは当然のことですが、大統領の汚職が繰り返されている根本的原因があるはずなのに、国民の関心事にはならないようですね。

 また今回の80%近い投票率には日本とはシステムが違うので単純に比較することは難しいですが、別の意味で政治への矛盾を抱えている国とも言えそうです。ところで千葉県知事選挙の投票率の低さを考えると、政治に関心の低い国ほど平和だという考え方を思い出しますが、その観点から両国を比べてみるのも一興かもしれませんね。ちょっと皮肉を言い過ぎかな?

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充実したGW

 GWも終わり当社も社業を再開しました。スタッフはそれぞれ休みを満喫してリフレッシュでき、充実したGWと言えそうです。創業まもない頃はこの長期休暇を利用して社員旅行に行っていたこともありましたが、この時期は費用が高いので別の時期に実施するようになって久しいです。鋭気を養ったことで、生徒たちにより親身な指導を期待する旨を本日の朝礼でスタッフに伝えました。早速本日の仕事で成果を出していることと信じています。充実した休みに充実した仕事こそやりがいの源ですから。私も今日はいつも以上に気合を入れて仕事をすることができました。さあ明日も頑張るぞ!!

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水の事故

  GWやお盆の際に流れる痛ましいニュースの一つに水の事故があります。一昨日に大分県であった75歳の医師による少年救出のニュースには感動しましたが、昨日は同じ県内の立ち入り禁止のため池で釣りをしていた18歳の若者が誤って転落し、それを助けようとして飛び込んだ23歳の若者もおぼれて2人とも水死するという事故がありました。一般的におぼれている人を救出に飛び込むのは非常に危険な行為とされています。というのはおぼれている人は夢中でしがみついてくるため、その結果救出する側も泳げなくなり両方ともおぼれてしまうのです。一昨日はおぼれているのが子供でしたから、しがみついてきても何とかなったのかもしれませんが、水連の達者な人でも救出するのは容易ではありません。私もダイビングの免許を取得しており泳ぐことにはかなり自信がありますが、おぼれている人を救助することはできません。上述のほかに身に着けている衣服や靴が力量をかなり下げますし、流れがあったり藻などが生えていたらさらに泳ぎが困難になるからです。ただおぼれている人を目の前にしたら正義感が先に立ち、危険を承知で飛び込む方が出てくることは分かります。しかし飛び込むことはせずに即座に救急の通報をする。または衣服を縛って即席のロープ代わりとして被害者につかむよう促すなど冷静な対応をお願いするばかりです。

    お亡くなりになったお二人のご冥福をお祈りいたします。

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帰省

  GWも終盤となり規制から戻る人で各交通機関はラッシュとなっています。50㎞以上の渋滞など想像だにできませんが、気を付けて戻っていらしてください。北海道の実家を売却して母を引き取ってからというもの、弟や親戚は北海道にいますが、私は帰る場所がなくなったため帰省とは縁がなくなったように感じています。来道することはままありますが、それは帰省ではなく旅行です。その際も短い滞在期間のため親戚を訪ねることもなく、今では年賀状だけのお付き合いとなっています。子供のころは毎年顔を合わせていたことを考えると寂しい限りですが、住んでいる場所が遠くなり縁遠くなるのは致し方ないのかもしれませんね。帰省という言葉が流れるたびに、ふと郷愁と寂寥感が胸をよぎります。

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30周年記念式典

   去る4/27に成田市倫理法人会の設立30周年記念式典が挙行されました。私は平成18年から3年間会長職を務めており、20周年の時の会長でもあったので来賓の一人として、また式典の進行役の一人として参加してきました。何度か綴ったようにこの会に入会したのは16年2月ですから、いま14年目に入っているところです。入会して2年目で周囲から乞われて会長職を引き受けました。ボランティア活動が非常に多い会ですので、会社にも多少迷惑をかけましたが、早朝から午前中の活動が主体のため、自分の時間を犠牲にして活動していました。各種会議に講演会への出席など本当に大変でしたが、千葉県にも成田市にも何の縁もゆかりもなかった道産子の私が、成田市は勿論のこと、県内各地の本当に大勢の知己と親友ができたこと、早起きの習慣がついて時間を有効に使えるようになったこと、リーダーシップ力を始め様々な調整力が大きく伸びたことなど、一生の財産を手に入れることができました。過去には小学校のPTA会長、町内会の会計、RCの幹事、そして現在はテラ・ルネッサンス千葉の幹事長と大学校友会の幹事を務めていますが、いずれも誰かがやらなくてはいけないものです。世の中にはこのような役職から逃げ回り、他人任せのわりに文句だけは言う人が少なくありませんが、私は役職はできない人の元には来ないという信念のもと、乞われた時には「はい」と快諾してきました。1回しかない人生を気持ちよく生きたいですし、何といっても自分のためになることが分かっているからです。勿論そこには自己犠牲はついて回りますが、功徳を積むと思えば、それほど苦にならないと思うのですがいかがでしょう。

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憲法記念日

   今年も憲法記念日を迎えました。私達の世代ではアメリカによる「押しつけ憲法」であるという考え方など、憲法に対する様々な考え方を学びました。ただ自分の世代以降の教育は詳しく分からないので、その後の憲法に対する考え方がどのように変遷したか想像できないというのが正直なところです。正当な教育がなされていることを期待したいですが、戦争に対する過度な自虐的史観を押し付けられた世代が多いと感じられるなか、改憲に対する考え方にかなりの温度差が制じていることに少々落胆しています。選挙の投票率の低さもそうですが、高齢化社会である日本の現状を顧みると、いまの若者が積極的に声を上げて思い切った改革案を出してくれることを期待せずにはいられません。他人任せではありませんが、今後の日本を担っていく世代に期待したいと改めて思った憲法記念日でした。

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三種の神器

   昨日「三種の神器」という昔の言葉を使用しましたが、昔を振り返るとテレビはまだしも洗濯機や冷蔵庫がない生活など想像できない自分がいます。でも洗濯板と盥で洗っていた母の姿を覚えていますし、冷蔵庫が初めて家庭に登場してとても興奮したことも覚えていますから、家庭に文明の利器のない時代を未就学児ながら経験しているわけです。それでも想像すらできないのは当時不便さを感じていなかったからなのでしょう。当時はそのような利器がなくて当たり前だったのですから、不便なはずはありませんよね。不便というのは例えば現在携帯が使えなくなったら感じるようなもので、携帯のなかった20数年前には携帯のない不便さなどは微塵も感じていないのと同じわけです。「三種の神器」にクーラー・車(カー)・カラーテレビという「新・三種の神器」、その後はウオークマン、カセットデッキ、ビデオ、コピー、ワープロ、CD,パソコン、デジタルカメラ、DVD、携帯電話、インターネットなど思えば様々な文明の利器が次から次へと登場し、その恩恵を受けて生活が大きく変わった中で育ってきた世代と、生まれながらにして多くの文明の利器に囲まれている世代との差は決して小さくないのでしょうが、その時代なりに快適な日々であったと思います。

 年を取るにつれ昔を振り返ることが多くなるといいますが、自分にもその傾向が出ているのかもしれません。私より上の団塊の世代、戦争の記憶の乏しい戦中の世代、戦前は子供だった両親の世代、そして本当に少なくなりましたが戦地に赴いた世代、それぞれの世代のそれぞれの昔があり、振り返ると当然その話題も異なりますがこれも歴史なのでしょう。そしてやがてその中に埋没していくのでしょうが、できる限り語り継いでいきたいものです。

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日焼け

 日焼けは皮膚ガンやシミを進行させると盛んにマスコミが言っているから、日焼け止めを付けたほうがいいといつも妻から注意されても、ほとんど付けることなく今日に至っています。科学的な根拠はあるのか知りませんが、子供の頃に日焼けし過ぎでで泣かされたことはあっても、日焼け止めをつけたほうがよいと聞いた記憶はないので(当時日焼け止めはあったのでしょうが普及していたとは思えません)、今も全く気にせず炎天下のもと真っ黒になってます。もし妻の言う通りならば私の年代以上の方々は皮膚ガンやシミに悩まされている方が非常に多いことになりますが、実際そのような話は聞いたことがありません。洗濯機・白黒テレビ・冷蔵庫といった三種の神器もない時代、ましてクーラーなど望むべくもない時代に外で毎日遊びまわった我々です。日焼けの心配という概念すら頭になかったことでしょう。そういうわけで、「今年も思いっきり日焼けしよう」と昨日の暑い日差しを浴びながら考えていたところです。

GW

 今日よりGWが始まり当社もほとんどの校舎がお休みに入らせていただきました。1週間以上休校のため生徒さん及び保護者様にはご不便をおかけしますことを、この場を借りてお詫びいたしますとともに、職員の休日確保をご理解願えれば幸いです。GW明けには英気を蓄えた職員がパワーアップして皆さんを鋭意指導しますので、少々お時間をください。GWは子供が小さい時は水入らずで過ごせる貴重な時間でしたが、子供が巣立った今は自分と妻との2人きりの時間になっています。同じGWでも年齢とともに過ごし方、感じ方も変遷していきますね。何とも言えませんが…。今年は何をしようかなあ。

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再会

   昨日社員とお酒を飲んだ話を綴りましたが、その際のことです。終業後ですから時計の針は23時近くを指していました。以前一度来た際に26時まで開いていることを知ったので、私達のように遅いスタートにはうってつけのお店です。入って中まで通されr\たとき、手前にいた女性が私に手を振ってきたので誰かと思えば、何と25年ほど前の教え子でした。といっても37歳で三人の子供がいて、今年高校に進学したと聞きましたので、「子」は失礼かもしれませんが。中1の時から2年ほど英語を教えました。懐かしいですがあれから25年もたつとは…。こちらも年を取るはずですね。最近教え子の子供が入塾するケースもあり、まさに世代をまたがってのお付き合いが始まっています。それだけ長くこの地で商売を続けられていることに改めて感謝です。ただ昔の教え子に会うたびに自分の年を痛感させられるのは、仕方のないことですが少々ガックリきます……。

飲み放題と飲み過ぎ

 前に綴ったように私はお酒が好きです。ほぼ毎晩かなりの量を飲みますので、外で飲むと酒代が結構かさみます。そんなことで酒代を心配する必要の無い飲み放題が好きです。一方家で飲むときは翌日早起きしなければならないときが多いため、飲酒時間がせいぜい1.5時間ほどに制限されます。そうすると少量では酔わないため、短時間で多くの酒を飲んで酔って寝る癖が最近ついてしまいました。そのためか外で飲むときもピッチが早くなり、しかも飲み放題だとどれくらい飲んだか見当がつかないためつい飲み過ぎてしまいます。そうすると次の日は酒が残り、二日酔いはめったにありませんが、思考力や判断力が鈍く、なかなかシャキッとしません。昨夜は職員と飲んだのですが、早いペースで飲み過ぎたため、珍しく職員の前で酔ってしまいました。おかげで今日は朝からの仕事に支障とまではいいませんが、多少ボーッとしている自分がいました。反省です。

ロープスキッピング たかが縄跳び されど縄跳び

 以前も綴りましたが、ボクシング練習で行う準備運動の一つに『ロープスキッピング』、日本語の『縄跳び』があります。2年半ほど前に始めたばかりの時は、たかが縄跳びとなめていたら、30回も飛ばぬうちに足に引っかかってしまい、100回連続で飛べるまで5日もかかりました。最初は『そんな馬鹿な』と悔しくて仕方なかったのですが、何度トライしてもすぐにひっかけてしまうのです。子供の頃のように体が動いてくれないのですね。連続3分飛べるようになるのに半年もかかりました。最近は持久力も付いたのか15分以上連続で飛べるようになり、回数も2500回以上飛べますが、10分を過ぎると汗が滴り目に入るほどになります。汗を拭きたくても連続回数が止まってしまうので拭くこともできず、顔を振って汗を飛ばすか我慢するしかありません。15分を過ぎると足がふらつき汗は飛び散り、ロープを握る手まで汗が垂れてきます。今日は18分以上飛んだのですが、辛いため途中で止めたくなる気持ちを必死で抑えていましたが、心の中では「早く引っかかってくれ。終わりになってくれ」と何度も叫んでいました。何回飛んでいるかも定かではなくなるほど疲れます。終わった後は息も絶え絶え、Tシャツは汗でビッショリになりますが、なぜか爽快な気分になります。辛い練習ですがこの爽快感があるからあえてやるのでしょうね。『たかが縄跳びですが、されど縄跳び』です。いい年をしてよくやるよと思いつつ……。

カレー

 私が大好きな食べ物の一つがカレーです。大好きなのですが高カロリーのため、普段は我慢して食べないようにしているのですが、今日は恒例の早朝勉強会後の朝食の際、毎回ほぼ同じような和食系の物を食べていることにいい加減嫌になって、浮気をして?ホテル自慢の『禁断のカレー』に手を付けてしまいました。いやあ自慢のカレーだけに美味しかったです。ただカロリーを意識して少量しか食べなかったために、逆に食べたい欲求に拍車がかかり、3時過ぎになって空腹に耐えられなくなったこともあり、前から気になっていたセブンイレブンのカレー弁当を買って食べてしまいました。あー美味しい!! 3分で食べてしまいました。しかし……、今日は体重計に乗るのが、怖い……。

ネット社会の危うさ

   先週ネット情報に関して警報を唱えましたが、ネット上で様々なデマや虚構がまるで真実かのように語られ、それを妄信する輩によってさらにそれが拡張されていく。そういう例が後を絶ちません。沖縄の翁長知事は二人の娘がいるのですが、二人とも一度も中国に行っていないのにもかかわらず、ネット上では一人は中国人と結婚、もう一人は中国に留学中という情報が流れていて、何とそれを信じている人がものすごく多いと嘆いています。一種怖い時代ですが、どうしてそのような思考停止の人が多くなったのでしょう。自分の頭で考えたり判断できないのでしょうか。「えー、そうなんだ」「だってネットにそう書いてあったよ」最近生徒からよく耳にする言葉です。その度に「そういう情報に惑わされないように」と諭しますが、肝心の周りの大人達が情報に踊らされている現状では何をか況やかもしれません。確かに便利な代物ですが、使い方によっては「諸刃の剣」になる可能性が高いと感じています。ネット被害に会う人が増加しては、何のための文明の利器なのかわからなくなってしまいます。皆さんはいかがお感じでしょうか。

過ぎたるは及ばざるがごとし

 スタッフのブログで『カニ』を題材にしていたので、つい思い出したことを綴ります。それはもう35年以上前のことで、友人を北海道に招待して一緒に道東を車で旅をしていた時のことです。根室に泊まる晩に地元の料理屋(居酒屋)で夕食を取った際に地元名物の『花咲カニ』を2人前注文しました。お店の人は1人前の方がと勧めてきたのですが、当時20代前半の我々は食欲には自信がありましたし、若いからお金のことを心配されたのかと勘ぐって、「1人前いくらですか」と尋ねました。2500円であると聞いたことから、「5000円くらい大丈夫、馬鹿にするな」くらいの気持ちで若さ特有の変なプライドを持ち出し、2人前で頼んだのです。そして出てきたのは何と大ぶりのカニが5杯、見た途端に2人とも絶句。一瞬で食べきれないことを容易に把握し、食欲もぶっ飛びましたが、ともかく黙ってもくもくと食べ、何とか3匹は食べましたが、それが限界で2人ともダウン。余ったカニ2匹の大きなはさみを使って遊んでました。今思えば勿体ない限りです。まさに『過ぎたるは及ばざるがごとし』ですね。この後しばらくカニを食べられませんでした。『若さは馬鹿さ』と誰かが言っていたように記憶していますが、このときの我々にはまさに正鵠を射ていたことでしょう。お店の人の「だから言わんことじゃない」という声が聞こえてきそうでした。今思えば若気の至りですかね。

汗顔の至り

 このブログを書いて1年半が経過します。社員に頼まれて始めたブログですが、途中下車は性格上絶対嫌なので、出来るだけ途切れることのないよう、仕事の合間を見て更新に努めています。今では海外出張の際にもパソコンを持参して現地で書いています。ネタに困ったことはありませんが、その都度、思いついたことを徒然なるままに書き綴ってきましたので、自慢できるような代物ではないように感じています。そんな私のつまらないブログですが、ここ最近「ブログ読んでるよ」と言われることが続き、びっくりと言うか、嬉しい反面まさに『汗顔の至り』です。自分勝手な物言いや私見を綴っているときもありますし、文筆の才能が乏しいため、もっと上手な言い回しができないのかと自己嫌悪に陥ることもままあるので、人様に読んでいただけるようなものではないとの思いがあるからです。まあ公開しているわけですから、その点は矛盾していますが正直な気持ちです。それでも読んでいただけていることに感謝して、自分の技量を磨こうと決意した次第です。

初夏?

 ここ3日ほど初夏と思えるほどの暖かさが続き、東京では夏日となっています。夏が大好きな私にとってうれしい限りなのですが、まだ4月なのですから少々暑くなるのが早すぎるかもしれません。昨日はチラシ配りで職員と一緒に2時間ほど歩き周りました。汗ビッショリになりましたが、好天の中を歩くのはとても気持ちが良いですね。今年の夏も暑くなりそうです。皆さんも夏バテに十分注意してください。ちなみに自分は上京1年目は5月上旬で早々と夏バテになり、7月中旬に帰郷するまでぐったりしていましたが、2年目からは身体が慣れたのでしょう。それほど夏バテにはならず、今は全く平気です。食欲も全く落ちません。何故でしょうかね?

ネット情報

 今やネット社会が日常生活の一部となり、その存在なくしては成り立たない点が多いのは事実でしょうが、ネット情報の節度ない拡散ぶりには首をかしげたくなりますし、またその情報を盲信し、振り回されている人が多すぎる気がしています。情報はあくまで情報であり、所詮不確かなものでしかありません。『百聞は一見にしかず』という言葉通り、自分で確かめられないことは判断の一材料に留めておくべきです。数年前の中国での反日運動の際にマスコミは毎日過激な報道を繰り返し、いま中国在住の日本人は大変だと述べていましたが、私はデモが起きた2日後にたまたまですが出張のため中国に行き、デモと打ちこわしが起きた蘇州の日本人街にも行きましたが、空港から上海の街中まで平常と何ら変わっていませんでした。蘇州現地の被害はそれなりでしたが、既にいつもの生活に戻っており、日本人の私が日本語を話しながら現場を歩いていましたが、だれも日本人である私に注目すらしませんでした。当時蘇州在住の金氏は「あのデモは出稼ぎの中国人がトラックに乗ってやってきて、2時間くらい暴れてまたトラックで帰って行った。それ以外は特に大きなことはない。あれは一部の人たちが扇動されて行っているだけだ」と言ってました。日本国内の報道とはほぼ真逆です。逆に中国には日本の東北大震災の被害が呆れるくらい大げさに伝わっており、誤った報道やネット情報に左右されている人が少なくないことを知りました。確かに情報は大切です。しかしその情報の真偽を疑うことなく受け止めてしまう人が少なからずいることに、警鐘を鳴らすべきです。『氾濫』と言っても過言ではないほどの情報過多の時代であるからこそ、情報を吟味・咀嚼する姿勢と客観的な見方・判断を取るべきではないでしょうか。

自然性の人

   この題名は「じねんせい」と呼びます。物質には『可燃性、不燃性、自然性』のものがありますが、同様に人も3つのタイプがあります。何かを成し遂げる人にはこの『自然性』があります。つまり自ら燃える人です。自分の仕事を好きになることは当然ですが、明確な目標を持つことが不可欠になります。従って、人から言われたり命令されたから仕事をするのではなく、言われる前に自分からやるという積極的な人が『自然性の人』です。自分は結構熱くなるタイプなので、仕事でもスポーツでものめり込んで取り組むことが多いのですが、残念ながら周りを見るとこのタイプは少ないですね。すぐ立ち止まる、考え込む、迷路に入って動かずついにはあきらめる、というお決まりの行動を取る人が多いように思います。目標が希薄なのでしょう。故に火種が小さくなり、途中で消えてしまうのではないでしょうか。目標を明確にして思いっきり燃えると何事も面白いのですがねえ……

勝利の代償

 昨日は10mを超す強風の砂塵が舞う最悪のコンデションの中で、RC野球大会の開幕試合に参加してきました。2月後半から痛風のため、また3月末からの風邪が長引き、ろくに練習ができずに迎えた試合でした。加えて朝は風邪がぶり返し、身体がだるく寒気と咳と鼻水で最悪の状態でした。欠場できるはずもないため12時に球場に到着。23度の気温にもかかわらずウインドブレーカーを手放すことができませんでした。試合前に投球練習で体を温め臨みました。1番打者にクリーンヒットを打たれた時は、今日はまずいかなという思いが脳裏をよぎったほど調子が悪かったのですが、逆に力みが消え(力むこともできないのが正解)て、後続を断ち、ヒットはこの1本だけで5回を2四球とエラーによる1点だけに抑えることができ、最終回は抑えに後を託し、7対2で勝利することができました。勝敗の行方は本当にわからないものですね。ただしばらく運動らしいことをしていなかったため、夕方には筋肉痛が全身を襲い始め、夜半にはかなりひどくなり、今は全身筋肉痛となり右半身の肩、背中、臀部、太ももはかなりの筋肉痛です。特にひどいのが腹筋で咳をしただけで悲鳴が出るほどの激痛です。勝利の代償といえば格好良いですが、『瓢箪から駒』的な結果でしたから何とも言えないところです。今日は久々のオフなので、これからジムに行き、筋肉痛を和らげる走り込みとと、他の筋肉を筋トレでイジメてきます。決してMではないのですが……。

ドレミの歌

 ペギー葉山さんが83歳でお亡くなりになりました。私の年代では特に「ドレミの歌」が偲ばれます。小学校の頃よく皆で歌いましたし、オルガンでこの曲を弾かせてもらいました。アメリカの歌に彼女が詩を付けたということを今回の件で知りました。良く知られた一番だけではなく、二番の歌詞まで今も空で言えるほどよく歌ったこの曲ですが、大げさではなく数十年ほど耳にしていないかもしれません。またテレビを見る習慣がめっきり減ったせいもあり、彼女の映像や情報にも接することもないまま今回の訃報となりました。また一つ『昭和』が消えたなあと呟く自分がいます。昔「明治は遠くなりにけり…」という詩がありましたが、その詩に込められた想いに共感できる自分もいます。合掌…

病気は生活の赤信号(疾病信号)

 今週の倫理法人会のMSでの『栞』の輪読のタイトルです。病気は生活(仕事や家庭)の暗影(不自然さ)が自分の肉体に赤信号として表れたものであるが、それをありがたい自然の注意、天の与えた赤信号ととらえ、病気の根本である心の暗影を切り取り、朗らかな豊かな潤いのある心になれば治るのであり、したがって喜んでこれを受け、自分の間違いを直しなさいという教えです。先月からほぼ休みなく、しかも朝からずっと働いていることが多く、家庭では疲れから妻とろくに話もせず、自分本位な言動を取っていたことを反省しました。本当に珍しいことなのですが、最近身体がだるく体調も今一つなのはこのせいかなと感じました。忙しさにかまけて自分のことしか見えていなかったとも反省しました。早速今日帰宅したら妻と会話をします。まだまだ修行が足りませんね。