塾長ブログ


NPS塾長、横山英樹によるブログです。


給食の思い出③ 鯨の南蛮焼き

 捕鯨が禁止されていない時代ですから、私たちの世代は鯨を食べる習慣がありました。今は食べたことののない人の方が多いのが残念です。当時は安価だったせいもあり家庭でも学校給食でも定番でした。決して嫌いではありませんでしたが、よく食卓に出るため味に飽きたのと、噛み切るのが結構大変だった記憶があります。昨年商業捕鯨を再開することとなったので、今までより手に入りやすくなり、再び食する機会が増えるかもしれませんね。

給食の思い出② 角食パン

 今の給食はご飯が出ますが、私の時代はパンがほとんどで、しかも食パンでした。それも耳が固くて味気のないパンをジャムどころかバターも何もつけないで(マーガリンさえありませんでした)食べたものです。さらに牛乳も乳脂肪が低く、4.1%ほど(当時市販品で4.4%、現在は4/6%です)だったので、薄くて美味しくありませんでした。今では信じられませんね。今のように飽食の時代ではなかったので致し方のないことですが、これも『給食の思い出』の一つです。

 

給食の思い出①  脱脂粉乳

 昨年の台風の影響により給食工場が被害を受けて稼働不能となり、現在に至っても復旧していないため、子供達が給食で不自由している市町村がまだあります。弁当持参であったり、品目の少ない給食で我慢を強いられて今の子供達には辛いことでしょう。そんなニュースを聞いて自分達が食べた給食のことを思い出しました。今回よりそのことに関して綴ります。私の子供の頃に給食で出てきた中で『脱脂粉乳』がありますが、それはひどいものでした。温かいのですが表面に膜が浮いていて、これが舌に張り付くように残るのです。牛乳の代用品でした。アメリカからの輸入品で家畜が飲むものだったと大人になって知りました。私は小学校で3年間ほど飲まされましたが、上の世代はもっと長く飲まされたはずです。牛乳に変わったのは4年生の頃だと記憶しています。『給食の思い出』としてはひどすぎますね。さて次なる思い出は…。To be continued.

大掃除ならぬ大整理?

 私の趣味の一つである漫画収集が高じて保管場所が少なくなったことから、先月新たに書棚を数個購入しました。毎月数冊購入している関係で、今や4000冊以上あり、未読の新刊も200冊以上存在し、分類する必要性が生じてきたので、これを契機に『大整理』しました。3日かけて階段を往復すること100回以上、トータル8時間以上かけて自分の納得する場所に配置替えしました。しかしこれを全て読むには最低半年以上はかかると改めて確信しました。仕事を辞めてからもすることができて嬉しい?です。

山茶花

 冬にゴルフに行くと、寒さの中に赤い花を咲かせている『山茶花』をよく目にします。春夏秋冬の中で、寒い冬に咲く花は特に目を引きますね。多くの植物が暖かい春に向けて力を蓄えている一方で、凛として咲くその姿につい目が向いてしまいます。

冬のゴルフ

 若い頃と違い、真冬と真夏のゴルフはなるべく避けています。特に冬は重装備?なので、モコモコしてスイングがしずらいこともあり積極的になれません。またグリーンやフェアウエイが凍っているときも多く、そのような場所に球が落ちるとカーンと飛び跳ねてしまい面白くありません。ただ今年に限っては大暖冬で春のような気温ですので、暖かい日には行きたいと思うのですが、こういう時に限って忙しくて時間が取れず、断念せざる得ないのです。皮肉ですね。

COVID-19

 新型コロナウイルスの疾病が発表されました。中国の武漢市を発祥としたこの新型ウイルスですが、今日まで中国では収まる気配が見えず、わが国もクルーズ船での多くの方々の感染が出たうえ、ついに市中感染者が出ました。中国に次ぐ感染者数に至ったことはとても遺憾です。感染予防が声高に叫ばれています。マスクと手洗いは必須のようです。皆さん気を付けてください。今後の経済的影響と東京五輪への影響が心配です。

色褪せたは失礼?

 私が小学校高学年頃から流行り出した『バレンタインデー』が、最近は飽きられたのかは不明ですが、義理チョコは嫌だなど様々な理由で消費が鈍化し、いまや消費額ではハロウインの後塵を拝しています。それでもチョコレートの年間消費の1割以上を1日で占めているのも事実です。ただこの行事に対する人々の関心や考え方の変化が根底にあるようです。日本人の「熱しやすく冷めやすい」性格も関係しているのかもしれませんね。いずれにしても年齢的に私はついていけません…。

入試とは

 昨日は千葉県公立入試でした。中学入試から大学入試まで10月から3月までエンドレスで続きますが、皆さんは『入試』をどのように考えますか?私も若輩のころは拙い自分の経験と照らし合わせた未熟な指導しかできなかったのですが、歳を重ねそれなりに俯瞰できるようになり、今は一つ『関門』と捉えています。しかし当事者や経験不足な指導者はとかく最終ゴール的な捉え方となります。そうなると当人は終了と同時に燃え尽きてしまい、しばらくは次のゴールへのスタートをいつまでも切ることができなくなり、その結果より大きな目標を逸することになります。私もこのことに気づくのに時間がかかりました。目前の成功に囚われ目が曇るのです。生徒の長い将来を考えた不可欠な指導の一つが『入試』なのです。

生涯一捕手

 昨日数々の記録と名言を残した野村克也氏が逝去されました。先日の金田正一氏のお別れの会に元気に参加されていたので、突然の訃報で球界に激震が走りました。私も現役時代は数年しか見ていませんが、父が高校時代に野球部で捕手をしていたことで、野村氏のことは記憶に残っています。自分の野球のスタートも捕手で、祖母から高価なキャッチャーミットを小学校1年の時に買ってもらいました。当時は野球が盛んでしたから、毎日放課後はクラス対抗で野球をしていたことを思い出します。また一人球界の至宝が鬼籍に入りました。仕方のないことですが寂しい限りです。