子どもたちの言葉と

はなし言葉の音の多様性というのは、日々の生活に彩りを与えてくれます。

 日頃同僚や家族、友人などと話していると、アクセントなりイントネーションなり、間や緩急の取り方、口の中でどこに音をあてているのか、重心はどこに置いているのかなどと、人の話し方というものについ気を向けてしまいます。塾に勤める以前、ナレーターなどをやっていた時分の習慣が抜けていないのだと思います。

 細かいことを言い出すと嫌がられてしまいますから、あまり勤務中には気にしないようにはしているのですが、それでもやはりつい耳を向けてしまうのが子供たちの息づかいです。

 子どもたちは自由です。もちろん、人それぞれ性格の差異というのはありますけれども、大人に比べればやはり自由です。のびがあります。大人というのは話し方というのにもさすがに気を配っていますから、それなりの遠慮とかしこまりがあります。すると、話しているのに息が止まっている人が多いんですね。(私自身も緊張しいなのでつい息が抜けず自省を重ねています。)

 ところが、子どもたちとなるとこれがすごい。国語の授業で発問したり、小論文の作成について議論など交わしていますと活発な子などは話し出す前に大きく息を吸い込んでいるのが目に見てわかりますし、それほど話すのが得意でない子でも息継ぎが大変よろしいんです。そうしてたっぷりと息を使って自由に話すものですから、言葉えらびの巧拙はおいても、率直で本質的なことを言ったりする。そうした言葉を聞きますと私などは嬉々として、では、そのまま書けばよいではないかと言うのですが、そう上手くは書けない。

 国語の講師ですから、それはもう文学なり言葉なりというものには愛着がありますが、子ども話し言葉にのった機微というのを起こす際には文字というのはなんて不便なものだと、日々悪戦苦闘です。

 

安藤