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 NPS成田予備校のホームページへようこそ。NPS成田予備校は、県内外に11校舎を展開する総合学習塾です。

「地域密着の学習塾」「生徒第一の進学指導」「徹底した面倒見主義」という3つのモットーとともに、小学生・中学生・高校生対象の新しい学習塾を目指します。




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【NPS校舎一覧】 成田・安食・公津の杜・富里・東金・三里塚・佐原・小見川・神栖・旭・八日市場


 成田エリア

  成田本校・安食校・富里校

  公津の杜校(個別くん)

  東金スクール・三里塚校

水郷エリア

佐原校・小見川校・神栖スクール

 


外房エリア

旭校・八日市場校

 




株式会社 NPS成田予備校

住所:千葉県成田市囲護台2-2-6

             ℡:0476-22-6600

成田ふるさと祭り

    昨日と一昨日はニュータウンの町内会連合が中心となって毎年開催している「ふるさと祭り」でした。各町内会は毎年この祭りに出店します。生ビールや焼き鳥などを販売する飲食店、金魚すくいやヨーヨー釣りなどのゲーム店、リサイクルショップなど業態は様々です。役員になるとこの一大行事のため早くから準備を進め、この二日間は祭りの運営に没頭しなければなりません。今まで役員を二回務めましたが(役員は任期は1年で、約10年に1回各ブロックごとに順番に回ってきます)、朝から晩まで結構大変でした。今年は娘が町内会長を務めているため、孫の世話や運営にも協力することとなりました。一昨日は妻が、昨日は私が協力したわけですが、その際今年の役員の中に小学校の元PTA役員に再会しました。娘が小6の時に副会長を務めた際の会長でしたから15年ぶりになります。当時はPTA活動で2年間週1回以上は会っていましたが、その後は同じ町内に暮らしていても会う機会もなく、互いに15年も年輪を重ねてしまいました。旧交を温めるとともに、いつのまにか40代前半だった当時から、還暦の声が聞こえている年代になっている時の速さに嘆息しました。昼間から夜までお酒を飲みながら四方山話をしたわけですが、懐かしさと老境に入りつつある現状を再認識した一日でした。

身長

 私の身長は170.5㎝です。以前より1㎝ほど縮まりましたが何とか170㎝を保っています。決して高いほうではありませんが、私の世代では平均より少し高い方でしょうか。父もそうだったようですが、身長に関しては成長が遅く伸びるのも遅かったのです。中学1年生になっても138㎝しかなく、学生服は一番小さい物でしたがブカブカで 「制服が歩いている」 とよく言われました。中学2年生で143cm、中学3年生でも148㎝しかなく、我ながらこれでは160㎝まで届かないかもしれないと本気で心配したものです。背の順番は当時子供の数が多かったので、最高?でも前から2番目で先頭は免れていました。高校生になってようやく成長が始まり、なんとか現在の身長まで伸びてくれましたが、一時は2歳下の弟に抜かれて悔しい想いをしたものです。息子も家系通りかと思ったら、小学6年生で15㎝以上も伸びたせいか、中学生で成長は止まり165㎝しかありません。さて孫はどうなるのでしょうね。娘は160㎝ほどありますが、旦那は165㎝もありませんから、果たしてどちらの家系になるのか楽しみ?です。

夏の晴れ間

 関東では8月なのに雨が降り続き、少し晴れただけでニュースになるという珍現象が起きています。梅雨の晴れ間ならぬ夏の晴れ間です。暑さが苦手で夏バテ気味の人には過ごしやすい夏かもしれませんが、夏に商魂を傾けるビール業界やクーラーなどの家電業界、海の家やプール運営側にとっては怨みの雨かもしれませんので、何事も一長一短だと感じます。個人的には暑い夏を希望しますが、最近日本は熱帯化しているように思えるので今年くらいがちょうど良いのかもしれませんね。

県民or道民?

 私は北海道で生まれ高校生まで道民、大学1,2年生は東京都民、3年生から今日まで千葉県民です。都民としての2年間は例外的なもので、道民として19年、千葉県民として37年。期間としては圧倒的に県民としての方が長いのですが、故郷は北海道で道産子という事実があるため、どちらかと言えば北海道の方に想い入れが強いです。ただ帰りたいとか、また住みたいとは全く思いません。千葉県の方がずっと住みやすいと感じています。双方とも一長一短があり、『住めば都』なのでしょうが、寒さが大の苦手の私には北海道の冬はもう経験したくありません。温暖な千葉県でも冬は沖縄や暖かい国で過ごしたいと思うほどですから。しかし弟を始め親戚のほとんどは北海道在住のため、年に1,2回は来道して、親戚に会ったり友人と旧交を温めたりしています。結論的には、想いは北海道にあるが実際に暮らす現実の世界は千葉県というところでしょうか。故に県民の部分が大きいのでしょうね。当たり前ですが戸籍上は県民ですから。

72回目の終戦の日

 終戦の日が72回目を迎え、この1年間でまた多くの戦争体験者が鬼籍に入られました。学徒出陣をされた方は90歳以上、戦争体験を鮮明に記憶されている方でも80歳前後となり、高齢化がますます進んでいます。今や私も含め祖父母が戦争を知らないという世代が主流となりつつあります。明治・大正生まれの方々はそう遠くない日に旅立たれ、30年もすると戦争を知らない世代ばかりになることでしょう。時の流れの中では致し方のないことではありますが、子供の頃に見た片方の手足がなく、復員服を着て軍帽をかぶりハモニカをふきながら立っていた方(おそらく物乞いをされていたのでしょうが)の姿が強烈に脳裏に残っていて、この時期になると昨日のことのように思い出されます。日本だけではなく、世界でも平和な世の中となることを強く願わずにはいられません。

成田ふるさと祭り

    昨日と一昨日はニュータウンの町内会連合が中心となって毎年開催している「ふるさと祭り」でした。各町内会は毎年この祭りに出店します。生ビールや焼き鳥などを販売する飲食店、金魚すくいやヨーヨー釣りなどのゲーム店、リサイクルショップなど業態は様々です。役員になるとこの一大行事のため早くから準備を進め、この二日間は祭りの運営に没頭しなければなりません。今まで役員を二回務めましたが(役員は任期は1年で、約10年に1回各ブロックごとに順番に回ってきます)、朝から晩まで結構大変でした。今年は娘が町内会長を務めているため、孫の世話や運営にも協力することとなりました。一昨日は妻が、昨日は私が協力したわけですが、その際今年の役員の中に小学校の元PTA役員に再会しました。娘が小6の時に副会長を務めた際の会長でしたから15年ぶりになります。当時はPTA活動で2年間週1回以上は会っていましたが、その後は同じ町内に暮らしていても会う機会もなく、互いに15年も年輪を重ねてしまいました。旧交を温めるとともに、いつのまにか40代前半だった当時から、還暦の声が聞こえている年代になっている時の速さに嘆息しました。昼間から夜までお酒を飲みながら四方山話をしたわけですが、懐かしさと老境に入りつつある現状を再認識した一日でした。

身長

 私の身長は170.5㎝です。以前より1㎝ほど縮まりましたが何とか170㎝を保っています。決して高いほうではありませんが、私の世代では平均より少し高い方でしょうか。父もそうだったようですが、身長に関しては成長が遅く伸びるのも遅かったのです。中学1年生になっても138㎝しかなく、学生服は一番小さい物でしたがブカブカで 「制服が歩いている」 とよく言われました。中学2年生で143cm、中学3年生でも148㎝しかなく、我ながらこれでは160㎝まで届かないかもしれないと本気で心配したものです。背の順番は当時子供の数が多かったので、最高?でも前から2番目で先頭は免れていました。高校生になってようやく成長が始まり、なんとか現在の身長まで伸びてくれましたが、一時は2歳下の弟に抜かれて悔しい想いをしたものです。息子も家系通りかと思ったら、小学6年生で15㎝以上も伸びたせいか、中学生で成長は止まり165㎝しかありません。さて孫はどうなるのでしょうね。娘は160㎝ほどありますが、旦那は165㎝もありませんから、果たしてどちらの家系になるのか楽しみ?です。

夏の晴れ間

 関東では8月なのに雨が降り続き、少し晴れただけでニュースになるという珍現象が起きています。梅雨の晴れ間ならぬ夏の晴れ間です。暑さが苦手で夏バテ気味の人には過ごしやすい夏かもしれませんが、夏に商魂を傾けるビール業界やクーラーなどの家電業界、海の家やプール運営側にとっては怨みの雨かもしれませんので、何事も一長一短だと感じます。個人的には暑い夏を希望しますが、最近日本は熱帯化しているように思えるので今年くらいがちょうど良いのかもしれませんね。

県民or道民?

 私は北海道で生まれ高校生まで道民、大学1,2年生は東京都民、3年生から今日まで千葉県民です。都民としての2年間は例外的なもので、道民として19年、千葉県民として37年。期間としては圧倒的に県民としての方が長いのですが、故郷は北海道で道産子という事実があるため、どちらかと言えば北海道の方に想い入れが強いです。ただ帰りたいとか、また住みたいとは全く思いません。千葉県の方がずっと住みやすいと感じています。双方とも一長一短があり、『住めば都』なのでしょうが、寒さが大の苦手の私には北海道の冬はもう経験したくありません。温暖な千葉県でも冬は沖縄や暖かい国で過ごしたいと思うほどですから。しかし弟を始め親戚のほとんどは北海道在住のため、年に1,2回は来道して、親戚に会ったり友人と旧交を温めたりしています。結論的には、想いは北海道にあるが実際に暮らす現実の世界は千葉県というところでしょうか。故に県民の部分が大きいのでしょうね。当たり前ですが戸籍上は県民ですから。

72回目の終戦の日

 終戦の日が72回目を迎え、この1年間でまた多くの戦争体験者が鬼籍に入られました。学徒出陣をされた方は90歳以上、戦争体験を鮮明に記憶されている方でも80歳前後となり、高齢化がますます進んでいます。今や私も含め祖父母が戦争を知らないという世代が主流となりつつあります。明治・大正生まれの方々はそう遠くない日に旅立たれ、30年もすると戦争を知らない世代ばかりになることでしょう。時の流れの中では致し方のないことではありますが、子供の頃に見た片方の手足がなく、復員服を着て軍帽をかぶりハモニカをふきながら立っていた方(おそらく物乞いをされていたのでしょうが)の姿が強烈に脳裏に残っていて、この時期になると昨日のことのように思い出されます。日本だけではなく、世界でも平和な世の中となることを強く願わずにはいられません。