身だしなみ

 本日は『身だしなみ』について感じていることを綴ります。相手がまず目にする背広やワイシャツは当然のことながら、靴や靴下など細かい部分にまで服装に気を付ける人は案外少ないように感じます。銀行員など外周りの営業をしている人でも「なんだその恰好は」と心の中でつぶやくときもままあるほどです。こう綴ると中身のほうが大事だという方もいるでしょうが、外見と中身はおおむね比例します。

 さて教育業界に目を向けると特に学校の先生たちの服装に対する無頓着度には驚いてしまいます。生徒相手が中心であるときであればまだ見過ごせますが、保護者が来訪する時でもそのスタイルを変えないのですから呆れてしまいます。彼らが服装に気つけるのは卒業式だけではないでしょうか。小学校で4年間、中学校にも2年ほど役員として年50回以上学校に行きましたが、オシャレな方には一人も出会いませんでした。高校の保護者面談の際の愚息の担任も、服装や体形を見る限り、私より10歳以上年下とは思えませんでした。オドオドして自信がなさそうで、かつ若さや覇気を全く感じませんでしたから。

 では当社はどうかというと、個人差が大きく残念ながらそれほどレベルは高くありません。日ごろ服装や髪型など第一印象についてはそれなりに指導していますが、制服の域を超えていません。靴を見ても毎日磨いているとは思えませんし、校舎内で履いているスリッパの汚れやくたびれ度にも気を付けているとは思えません。これは依然綴った美化意識のレベルにも通じているのでしょう。自分の指導不足を反省させられます。私は当たり前のことですが、背広、ワイシャツ、ネクタイ、靴に至るまで二日続けて同じものを着ません。全体的な色彩にも十分意識して服装を整えます。無論若い時からそうだったわけではありませんが、30年以上前に母から「あなたいい年なのだから服装にもっと気を使い、日ごろからもっといい物を身につけなさい」と言われ、最初はうるさいなあと思ったのですが、周りの人を少し意識して見てみるとオシャレな人は服装に気を配っていることに気づき、以来現在の習慣を続けています。何といっても生徒だって格好の良い服装をしたオシャレな教師に教わりたいはずですから。生徒のために美化意識を持ち、服装にも十分留意する、それこそ生徒第一主義の大事な一つだと思っています。