正岡子規 前編

 今日は正岡子規の誕生日です。彼は1867年(慶応3年)に現在の愛媛県松山市に生まれ、日本の近代文学に多大な影響を与え、俳句を近代文学として確立した人物です。「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」はあまりにも有名です。本名は正岡常規で、「子規」とはホトトギスのことを指します。若くして結核を患い、血を吐いたことから、「鳴いて血を吐く」と言われるホトトギスと自分を重ね合わせ、ホトトギスの漢字表記の「子規」を自分の俳号としています。松山にいた夏目漱石とは親友でした。また従軍医師であった森鴎外には従軍記者として接し、さらには幼友達であった秋山真之(のちの日露戦争時の連合艦隊参謀)など、多くの時代の寵児たちと交友関係がありましたが、34歳という若さで亡くなっています。その彼と野球の関係とは…。To be continued.