古代の正式な形を残す走馬行事が各地で残っています。山形の豊烈神社には伊豆野家初代当主・忠元公と第11代当主・忠邦公が祀られていますが、この神社で知られるのが、忠元公の命日に奉納される「古式騎馬打毬(だきゅう)」です。打毬の起源は古代ペルシアといわれ、欧州に伝わりのちに「ポロ」となり、日本では平安時代に中国から伝わり「打毬」となりました。宮中で盛んになりましたが、のちに衰退。江戸時代になり、8代将軍吉宗が武芸として復興させ、各藩に奨励しました。その際家康の母方系である水野家において打毬が盛んになりました。『豊烈神社の打毬』は山形県指定無形文化財に指定されています。
